野宿保障のための「居留地」は必要か

 

1)ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法の見直し期間
 

2002(平成14)年8月に公布施行された「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法(以下法と略す)」は、「施行の日から起算して10年を経過した日(2012年8月7日)に、その効力を失う」と明記されている。また、「この法律の規定については、この法律の施行後5年を目途として、その施行の状況等を勘案して検討が加えられ、その結果に基づいて必要な措置が講ぜられるものとする」とされている。法により策定された国の「ホームレスの自立支援等に関する基本方針」(2003年7月)では、上記を受けて、「5年間の運営期間が経過した際には、基本方針の見直しを行うこととなるが、見直しに当たっては、運営期間の満了前に基本方針に定めた施策についての政策評価等を行う。この政策評価等は、ホームレスの数、野宿生活の期間、仕事や収入の状況、健康状態、福祉制度の利用状況等について、再度実態調査を行い、この調査結果に基づき決定する。」としている。

再度の実態調査は、2007(平成19)年1〜2月と予定されており、前回実態調査から基本方針策定までの期間を前例とすると、見直しの公表は2007年の7月であると予想される。これは法に定められた、「施行後5年目途とした検討」に合致している。大阪市の「大阪市野宿生活者(ホームレス)の自立の支援等に関する実施計画」の計画期間は、「平成16年度から平成20年度の5年間」であるが、「この計画は、国の基本方針及び大阪府の実施計画に変更があり、本計画を変更する必要が生じたとき、または事業遂行上の必要により、変更する場合が生じたときは、見直しを行います。」とされているから、大阪市の計画期限は2009(平成21)年3月末までであるが、1年前倒しで変更されることも考えられる。

この流れを受けて、国の政策評価や見直しが発表された後で意見を出すのではなく、それに先駆けて提案をするために、民間での「ホームレス問題全国調査」が準備されている。調査を企画したのは「虹の連合(代表委員:松岡徹参議院議員)」で、「大阪就労福祉居住問題調査研究会」が委託を受けて実施する。現時点での調査計画では、たたみの上に上がった人へのインタビューが500人、支援団体への聞き取り、そして野宿現場での聞き取りが500人とされている。

調査に入る準備段階で、各地での地道な取り組みが集約されつつあるが、各地での創造性と限界、そして、共通する施策要求がまとめられることが期待される。

 

2)そもそも論(法は必要ではない)
 

法の中間年を前に、法に基づく施策をもっと充実させようという動きがある一方で、そもそも法は必要なかったのであり、野宿生活者の「自立」に貢献しているというよりも、「追い立て」の口実となっている側面の方が強く、見直しで改良を図るのではなく、廃止を求め、生活保護法の活用にのみ集中すべきであるという主張もあるであろう。

法の制定に先立って、1999(平成11)年5月には、国の「ホームレス問題に対する当面の対応策について」がとりまとめられており、2000(平成12)年3月に、自立支援事業のあり方に焦点をあてて研究することを主目的として開催された「ホームレスの自立支援方策に関する研究会」が、「ホームレスの自立支援方策について」をまとめている。法の制定までの過程を生み出したのは、大都市を中心にして全国的な野宿生活者の増加であり、新たな対策枠組みの必要を国としても認めざるを得なくなったからであるが、行政が新たな模索を始める以前から、各地で民間の活動は始められていた。それに突き動かされて、ともいえる。

生活保護制度を対策の中心とする考え方は、「寄せ場」を中心に「ホームレス問題」以前から野宿生活者の支援活動に取り組んでいた人々――生活保護しか活用できる制度がなかった状況での活動蓄積がある――、また、比較的新しく取り組みを始めた野宿生活者が100人程度の地域――行政の野宿生活者対策の展開が無く、生活保護制度しか具体的に活用できるものがない状況――で支援活動に取り組んでいる人々に、支持されているように思われる。これらの人々にとっては、生活保護法によらない「法外援護」や自立支援法による施策は、社会福祉制度の豊富化ではなく、野宿生活者にとって不利で差別的な「二重基準」の押しつけであると考えられる傾向が強いようだ。

2004(平成16)年12月、「生活保護制度のあり方に関する専門委員会 報告書」で確定した「自立支援プログラム」(参考1参照)導入の考えは、「平成17年度における自立支援プログラムの基本方針・2005(平成17)年3月31日厚生労働省社会・援護局長通知」によって、全国自治体の取り組み課題となっていることからすれば、なおさらに、法による施策である「自立支援センター」や「避難所」などは、無用な迂回策と考えられることになる。まず、生活保護制度によって、入院が必要なものをのぞくすべての野宿生活者を、路上から畳の上に移行させ、それから自立プログラムにより就労自立等を促進することが、生活保護制度見直しの本旨に沿った方法であると主張される。

しかしながら、多くの人が野宿者支援の現場で体験しているように、正しい考え方の現実化や社会的弱者が活用可能なはずの法・制度の現実的な活用は、当事者や支援者の努力と知恵の積み重ねを必要とする。 また、野宿生活者の中に、生活保護法の活用に積極的でない人々がいる。それは現状の運用上に問題があるのであり、改善されれば皆こぞって生活保護申請に行くとしても、改善実現までをどうするかは、避けて通れない問題として残る。

野宿生活者の健康・医療問題に即して考えてみる。法では、以下のように書かれている。
 

法第3条(施策の目標等)に、「健康診断、医療の提供等による保健及び医療の確保に関する施策」が掲げられ、国の基本方針「第3章2条3項エ」に「ホームレスに対する医療の確保を図るため、医師法(昭和23年法律第201号)第19条第1項又は歯科医師法(昭和23年法律第202号)第19条第1項に規定する医師又は歯科医師の診療に応ずる義務について改めて周知に努め、また、無料低額診療事業(社会福祉法(昭和26年法律第45号)第2条第3項第9号に規定する無料低額診療事業をいう。以下同じ。)を行う施設の積極的な活用を図るとともに、病気等により急迫した状態にある者及び要保護者が医療機関に緊急搬送された場合については生活保護の適用を行う。」
 

大きな枠組みとしては、症状が急迫していようといまいとに関わらず、医療機関に救急車並びにそれに準じるもので緊急搬送されたものは、生活保護の適用をおこない、それ以外の治療を要するものについては、無料低額診療事業を行う施設の活用で、野宿生活者の健康・医療問題に対応するとされている。

無料低額診療所については、朝日新聞(2006年6月7日朝刊・大阪・26面)に解説記事が掲載されていた。その記事では、認可施設は都市部に偏り、空白県が10県あるなど数的に不十分といわれる、としている。

認可施設が不十分というだけではない。おおかたの無料低額診療所は、生活保護受給者の診療実績で認可施設としての要件を満たしており、野宿生活者が直接その施設の医療ケースワーカーと相談しての受診は皆無であると思われる。記事では、「国境無き医師団」が大阪の野宿生活者を対象とした活動で利用実績があると紹介されているが、福祉事務所(大阪では支援運営課)を介してか、ツテを頼っての利用である。利用の方法、手順さえも広報されておらず、数少ない無料低額診療所の利用が野宿生活者の間で一般化しているわけではない。大阪社会医療センターという大きな例外はあるが。

厚生労働省では、01年に無料低額診療事業の新たな施設の認可はしないよう求める抑制方針を打ち出している。一方、昨年3月、「人身取引やDV被害者を積極的に無料低額診療制度の対象とする」ことを都道府県などに通達している。「ホームレスの自立支援等に関する基本方針」も、2003年であるから、抑制方針の後ということになる。新規認可の抑制と、これまで認可した施設の活用推進とは矛盾しないという考え方もあるが、社会・援護局は、「制度は戦後まもなく、公的医療保険や生活保護制度が未整備だった時代にできた。今では必要性が薄らいでいる」と説明したそうであるから、低所得者や野宿生活者などで公的医療保険に加入していないものの医療問題は、生活保護制度で対応可能と判断しているように思える。

確かに、生活保護法第11条2項では、「前項各号の扶助は、要保護者の必要に応じ、単給又は併給として行われる」とされており、収入金額は保護の基準額を上回っているが、恒常的支出としての医療費を除く生計費が基準の生計扶助額を下回るものについて、医療単給を認めることはあり得る。生活保護申請を受けて、要否判定をおこない、基準に満たない補足として医療単給がある。要保護状態のものが、保護決定を受けながら、本人の申し出により住居費と生計費を返上し、医療給付だけを受けるということは、認められていないということになっている。要保護状態にあるものを保護しないで、通院のみの医療単給をおこなうのは、生活保護制度の主旨に反するという考えからのようだ。法に頼ろうと生活保護に頼ろうと、受診の道は、かくのごとく狭い。

釜ヶ崎支援機構では、輪番登録者を対象に大学研究者の研究費を活用しての集団検診を3年間おこなってきたが、今年からは実施できなくなったので、再び、無料で受けられる市民健康診査の活用を呼びかけている。地区内の小学校で実施される市民健康診査の予約は3日間で受診可能数の100名を超え、ここ数年の検診数1,700人をどう確保するかが課題となっている。市民検診は、医師会加盟の医療機関ならどこでもおこなっているので、各医療機関に分散する方法も考えられる。

市民健康診査の活用は、輪番就労者だけの特権ではない。野宿生活者の誰でもが利用可能な制度である。だが、それを現実化するためには、誰かが野宿生活者に、健康診査実施機関に、働きかけ調整しなければならない。また、要治療のものの受け皿も準備されなければならない。無料低額診療所を利用可能にするか、生活保護の措置権者に医療単給を認めさせるか、について、誰かが働きかけなければならない。

ナイナイづくしを変えるのは、やはり具体的な働きかけであり、体を動かす人があってのこと。そもそも論を唱えようと法の最大限活用を唱えようと、このことについての認識は一致するものと考えられる。であるならば、使える材料を増やした「自立支援法」は、否定的にとらえられるべきではないのではなかろうか。

中間年を前に必要なのは、抽象的な論議ではなく、各地の取り組み事例のパターン化、取り組みを支える人の類型化、行動するエネルギーの源についての類型化、そして、各地の活動を支える全国的な支援組織の結成の作業ではなかろうか。
 

3)今ある社会を丸っぽ認めての自立支援以外の道は
 

ホームレス問題連絡会議とりまとめ(1999.5.26)である「ホームレス問題に対する当面の対応策について」では、ホームレスの野宿生活に至った要因別に以下の3つに大別していた。 @ 就労する意欲はあるが仕事がなく失業状態にある者 A 医療、福祉等の援護が必要な者 B 社会生活を拒否する者 。そして、「社会的束縛を嫌う者等社会生活を拒否する者に対しては、福祉事務所の巡回相談等により社会的適応のための援助を行う。」としていた。

法による野宿生活者自立支援は、野宿生活者を、今の社会の中に、野宿でない状態に位置づけ直すことを目指しているものであり、多くの支援活動もそうであると考えられる。 野宿状態を支える活動も、やむなくそうしているのであって、死ぬまでの野宿を前提としておこなわれている活動は存在しないと思う。

「日本では野宿者の世界でもワーカホリックな面が強く、搾取の批判を行う人々の間でも『怠ける権利』というか労働の拒否はなかなか支持されにくい状況にあるとも言えます。 誰でも働きたくなるように労働条件を整えると同時に、尊厳ある生き方が労働に回収されてしまうのではない、もう一つの社会のあり方を想像することも大切なのではないかと思います。(非公開のメーリングリストでの実名での発言を引用) 」と考える人も、「怠ける権利(尊厳ある生き方が労働に回収されてしまう仕組みの中で働くことの拒否)」の実態を野宿状態の継続と想定しているのではなく、生活保護法による保護の活用を、とりあえずのありようとして想定していると考えられる。

しかし、野宿生活者の中には、輪番就労し、アルミ缶を集め、夜間宿所あるいは仮小屋に寝ている状態を継続したい、生活保護はまだいい、あるいは絶対いやだという人たちがいる。 その人たちを、社会生活を拒否している人とすることは間違いだ。社会の中で、社会のシステムを活用して、働き生きているからだ。ただ、畳の上での生活、一般的と想定されている生活パターンを拒否?、忌避?、しているだけだと考えられる。「尊厳ある生き方が労働に回収されてしまう仕組みの中で働くことを拒否」する姿であるということもできるであろう。

それらの人々の生き方の尊重は、公園や路上を彼らの生き場所として公認することであろうか。それらの人々の生き方を尊重するとして、その場所が公園や路上でなければならない理由は、あるのだろうか。

公園・路上は、多くの人々の共有空間だから、そこからは立ち退いてもらい、「指定居留地=共同炊事場と公衆便所を設置した空き地を指定地にし、小屋掛け・テント張りは等野宿者自身、自己調達でおこなう。」で、得心いくまで野宿生活を続けてもらうことは、かつての屯田兵や海外移民と同様に、「棄民政策」と非難されるべきものであろうか。 公園や路上の生活は主体的選択の結果であり、「抵抗・異議申し立て」であるから、指定居留地での生活とは意味合いが違う、ということになるのだろうか。

野宿生活者は、選択可能性を奪われ、社会から排除された側面を強く持ちながら、一般的な生活様式を拒否し、現状で自分にふさわしい生活をおこなっているという自己認識を持っている。

今の社会から奪い返すものはなにもないと考える野宿生活者、今の生活パターンの継続で、十分に「ソーシャル・インクルージョン」されているという認識を持つ野宿生活者は、存在し得ないと考えるべきであろうか。それとも、存在していると考えるべきであろうか。 「野宿の権利」をいい、公園等からの追い立てに抗議する人々は、生涯の野宿生活地を守るために支援活動をしているのであろうか。あるいは、「福祉事務所の巡回相談等により社会的適応のための援助を行う」ことが不十分であるから、抗議しているのであろうか。見直しを前に、「指定居留地」獲得が一つの選択肢として論議されることも必要なのではあるまいか。
 

参考1=

『生活保護制度を「最後のセーフティネット」として適切なものとするためには、(1)被保護世帯が抱える様々な問題に的確に対処し、これを解決するための「多様な対応」、(2)保護の長期化を防ぎ、被保護世帯の自立を容易にするための「早期の対応」、(3)担当職員個人の経験や努力に依存せず、効率的で一貫した組織的取組を推進するための「システム的な対応」の3点を可能とし、経済的給付に加えて効果的な自立・就労支援策を実施する制度とすることが必要であると考えられる。
 このためには、被保護世帯と直接接している地方自治体が、被保護世帯の現状や地域の社会資源を踏まえ、自主性・独自性を生かして自立・就労支援のために活用すべき「自立支援プログラム」を策定し、これに基づいた支援を実施することとすべきである。』

『なお、ここで言う「自立支援」とは、社会福祉法の基本理念にある「利用者が心身共に健やかに育成され、又はその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるように支援するもの」を意味し、就労による経済的自立のための支援(就労自立支援)のみならず、それぞれの被保護者の能力やその抱える問題等に応じ、身体や精神の健康を回復・維持し、自分で自分の健康・生活管理を行うなど日常生活において自立した生活を送るための支援(日常生活自立支援)や、社会的なつながりを回復・維持するなど社会生活における自立の支援(社会生活自立支援)をも含むものである。』2004(平成16)年12月15日、「生活保護制度のあり方に関する専門委員会 報告書」

 

(私事であるが、少し付け加えさせていただく。シェルタレスには過去何回か、報告などを掲載していただいた。そのときは、釜ヶ崎支援機構事務局長の肩書きであった。今回は、釜ヶ崎資料センターとなっている。これは、6月20日で釜ヶ崎支援機構を退職したことによる。内容によって肩書きを使い分けたわけではない。)