ホームレス支援の現状と課題

1「ホームレス」とは

 「ホームレス自立支援法(注1)」(以下、「法」)第2条に、「この法律において『ホームレス』とは、都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者をいう。」と、「ホームレス」が定義されています。

 しかし、「ホームレス」という言葉は、もともと日本語ではなく、しかも、英語としては状態を指す言葉であることから、ホームレス状態にある「人」を指して、この言葉を使うことに違和感を持つ人もいます。

 「大阪府ホームレスの自立の支援等に関する実施計画」(2004年4月制定)には、以下のような注記が付けられています。

「わが国において『ホームレス(野宿生活者)』については、『野宿生活者』、『野宿者』、『路上生活者』、『ホームレス生活者』など、その状態や概念によって様々な語が使用されているところです。本計画において『ホームレス(野宿生活者)』は、『ホームレスの人』と表記していますが、本計画が法に基づき、国の『ホームレスの自立の支援等に関する基本方針』に即して策定することとされていることから、これらの用語例も参照し、『ホームレス状態にあること』を表す場合に『ホームレス』と表記している場合があります。また、法文等の引用や制度名称については、原典に従い表記するように努めました。」

本稿においては、「ホームレス状態」の定義(都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる)は「法」によりますが、その状態にある人を表す場合は、「ホームレスの人」とします。

ただ、「故なく起居の場所とし」という表現は、受け入れがたいものがあります。なぜなら、ホームレスの人が、公園や道路などを「故なく起居の場所とし」ているとは、とうてい思えないからです。

1998年に、大阪市の南部にある長居公園でブルーシートのテントで生活していた男性は、テント生活するようになったきっかけを、次のように語っていました。

「西成で日雇いしていたんやが、仕事が途絶え、ついにドヤ代がなくなった日に、もうしょうがない、エエ木見つけてブラさがろ思うて、ブラブラ歩いて長居公園まで来たんや、そしたら、茂みの陰や塀沿いにテントがいっぱいあった。コンロでラーメン炊いてる人もいた。こんなところで生活できるんか、聞いてみたら、賞味期限の切れた弁当をただでくれる店がある、アルミ缶を集めたら売ることができる、いうことやった。テントやったら部屋代いらんしな。それ聞いて、なんや生きる元気が出てきて、見よう見まねではじめたんやが、もう半年になるわ。」

生きるがための、緊急避難としてのテント生活を「故なく」ということができるでしょうか。

確かに、公園の使用許可を得ておらず、法的には「故なく」ということになるのでしょうが、そう表現されていることで、「不法占拠」の側面ばかりが強調され、なにゆえにそうしているのか、どうすれば公園で生活しなくてもすむようになるかと考える回路を遮断し、単純に公共空間の適正管理のために追い立てるという傾向を助長することになっているのではないでしょうか。(注2)

「法」は「ホームレスの自立の支援等」について定められていますが、多くの人々の中に、ホームレスとなったのは自業自得、公共空間の私的占有はホームレスの自分勝手な行為といった考え方があり、それが各市町村に「市民の声」として届き、その声に押された行政が即時的効果を求めてホームレスの人の追いたてを行うときの根拠となる側面もあることは留意されなければなりません。(注3)

 

2 ホームレスの人は全国にどのくらいいるのか

 

 「法」に基づいて、20031月から2月にかけて、「ホームレスの実態に関する全国調査」が実施されました。調査は、@全国市町村において目視による数の調査、A面接、聞き取りによる、約2,000人を対象とした生活実態調査の2つからなっています。

 厚生労働省のホームページで公開されている「ホームレスの実態に関する全国調査報告書」によると、数の把握は、全国3,240のすべての市町村においておこなわれ、そのうち581市区町村(全体の17.9%)で、25,296人のホームレスの人が確認されています。都道府県単位では、すべての都道府県もれなく、ということです。[表1]

 いわゆる5大都市(東京都23区、横浜市川崎市名古屋市大阪市)で、合計15,617人、全国数の61.7%を占めていますが、指定都市別でも12,238人(48.4%)、中核市別では約1,476(5.8%)が確認されおり、ホームレスの人に対する支援が、大都市だけの問題ではなく、広い地域に及んでいることを示しているといえます。

 具体的には、神奈川県の実施計画では、全国調査について、「ホームレスが確認された581市町村のうち、500人以上のところが9ヵ所、100人以上のところが41ヵ所であるのに対し、10人未満のところが391ヵ所割弱占めている」と全国調査の結果を報告し、神奈川県でも4市が100人以上であるが、10人未満が24市町村あることを報告しています。(注4)

 愛知県の実施計画では、愛知県内88市町村のうち42市町村で確認され、10以上が12市町、10人未満が30市町村であることを報告しています。全国調査で58人が確認された久留米市の実施計画では、1ヵ所でもっとも多いのは中央公園の8人、その他は26ヵ所に分散していると報告されています。

 民間団体や行政のホームレスの人に対する支援は、集中している場所ではある程度おこなわれていますが、少数で分散している人たちへの支援までには、なかなか行き届いていない状況にあります。

 

3 支援の基本的な視点は

 

 「社会的な援護を要する人々に対する社会福祉のあり方に関する検討会(注5)」の報告書は、「現代社会においてはコンピューターなどの電子機器の開発・習熟が求められるが、人々の『つながり』の構築を通じて偏見・差別を克服するなど人間の関係性を重視するところに、社会福祉の役割がある」と、現代の社会福祉の役割を述べています。

また、経済的尺度だけで社会福祉の対象をとらえ、経済的援助のみをもっぱらとする「福祉」ではなく、「貧困」として現れている陰にある問題を検討し、ソーシャル・インクルージョン(注6)の社会福祉を提言しています。

従来の社会福祉は主たる対象を「貧困」としてきたが、現代においては、

「心身の障害・不安」(社会的ストレス問題、アルコール依存、等)

「社会的排除や摩擦」(路上死、中国残留孤児、外国人の排除や摩擦、等)

「社会的孤立や孤独」(孤独死、自殺、家庭内の虐待・暴力、等)

といった問題が重複・複合化して存在しており、こうした新しい座標軸をあわせて検討する必要がある。・・・・

これらの諸問題に対応するための、新しい社会福祉の考え方を提言する。・・・・・

今日的な「つながり」の再構築を図り、全ての人々を孤独や孤立、排除や摩擦から援護し、健康で文化的な生活の実現につなげるよう、社会の構成員として包み支え合う(ソーシャル・インクルージョン)ための社会福祉を模索する必要がある。

 報告に付された厚生省社会・援護局(当時)の資料によれば、1998年全国の行旅死亡人は1,152人であったということです。そのほとんどが、ホームレスの人であったと考えられます。その後の、ホームレスの人の増加を考えれば、今日まで年々増加しているものと推察されます。

 経済的に最低限度の生活を維持するため、「生活保護法」が存在するにもかかわらず、路上で死ぬ人がいる。まさに、経済的貧困だけが原因ではなく、特定の人々に対する社会的排除が存在しているといわざるをえません。

 ホームレスの人に対する支援は、まず、ホームレスの人を、自分と同じ、同時代を生きる社会の構成員の一人であると認識し、よき隣人として迎えいれる視点を確保することから始まると思います。

 

4 民間による支援

 

 民間によるホームレスの人に対する支援は、どのようなものがあるのでしようか。

名古屋において、失業や病気で困っている高齢者、日雇労働者などを支援していた人たちにより、医療面からの支援を強化するために1985年10月に設立された笹島診療所(注7)のホームページに、ホームレスの人の支援にかかわる団体のホームページへのリンク集があります。次のような団体が掲載されています。

 

北海道]北海道の労働と福祉を考える会

東北]NPO仙台夜回りグループ/新潟NPO越冬友の会

関東]NPO市川ガンバの会(千葉)/ふるさとの会(山谷)/青空ねっと/路上ネットろじゅく/スープの会/山谷、ホームレスの自立支援とまちづくり(山谷) /山谷夜回りの会(山谷)/特定非営利法人 山友会(山谷) /訪問看護ステーションコスモス(山谷)/自立生活サポートセンターもやい/Food Bank/ようこそ! 寿へ/さなぎ達(横浜)/ほしのいえ(山谷)/四谷おにぎり仲間 (四谷)/山谷労働者福祉会館 (山谷)/のじれん(渋谷)/国境なき医師団日本 野宿者支援/池袋野宿者と共に歩む会(池袋)/茅ヶ崎のホームレスを支援する会 (茅ヶ崎)/新宿連絡会 (新宿)/新宿ホームレス支援機構/川崎水曜パトロールの会/平塚パトロール/たまパト

東海]野宿者のための静岡パトロール (静岡)/芳龍福祉会 /ももちゃんねっと(名古屋)/野宿労働者の人権を守る会 (名古屋)/オアシス(名古屋)

近畿]つきみそうの会/釜ヶ崎パトロールの会/釜ヶ崎反失連/ホームレス自立支援センター むくげの会/釜ヶ崎支援機構(NPO釜ヶ崎)/神戸の冬を支える会/長居公園仲間の会 (大阪)/野宿者ネットワーク

九州]北九州ホームレス支援機構/福岡おにぎりの会/久留米越冬活動の会

 

これは、支援団体に関するリンク集としては最も充実したものであると思われますが、もちろん、全国の支援団体を網羅したものではありません。ホームページを持たない団体のほうが多いからです。たとえば、「釜ヶ崎キリスト教協友会」や「ふるさとの家」、「京都夜回りの会」、広島の「廿日市夜回りの会」などは、ホームページを持っていませんが、堅実な活動を続けている団体として存在しています。

ホームページを設けている団体については、それらを見ていただくと、どのような活動が行われているか、お判りいただけると思います。

ここでは、どのような支援活動が行われているかを、やや一般的に紹介したいと思います。

先に紹介したリンク集にある団体名には、共通して使われている言葉がいくつかあります。

「夜回り・パトロール」、「おにぎり」、「越冬」などです。これらの言葉は、それぞれの団体の、少なくとも発足当初の活動内容を現していると考えられます。

 ホームレスの人たちが、路上ではもっとも過ごしがたい季節である冬に、毛布やおにぎりを持って声をかけて回ることから始まり、急病の人のために救急車を呼ぶ、入院先を訪問する、退院後の心配をする、といった経過で、医療・福祉課題への取り組みにまで活動内容が拡がることになります。そして、主な活動期間も、冬場だけではなく、通年化していくことにもなります。

 民間の支援活動のひとつの例を、当事者から聞いた話しとして紹介します。

事例

 Aさん(55歳)は、大阪城公園でテント生活をしていました。そのテントは、自分で建てたものではなく、大阪城公園でテント生活をしている人が、いつまでもダンボールだけで過ごしているAさんを見て、「なんや、お前、自分でテント、段取りできんのか」といって、建ててくれたたそうです。

 そんなテントに、ときどき声をかけにきてくれる学生がいたそうです。もちろん、Aさんのテントだけに声をかけるのではなく、周辺のテントにも声かけをしていました。ほかの人はなごやかに話をしていましたが、Aさんはしばらくの間、黙って無視していたそうです。

 それというのも、Aさんがホームレスとなったのは、一人息子を交通事故で突然失い、そのショックで何をする気もなくなって、家に閉じこもり状態になったことが原因だったからです。結果、職を失い、配偶者とも離婚し、やがて住む場所もなくなって、大阪城にきた。他人との付き合いをする気にはなれない状態だったのです。

 しかし、拒絶しているにもかかわらず、時折の声かけはやむことがなかったそうです。押し付けがましくない声かけを拒絶し続けるうちに、ある日ふと、Aさんは、「次にあの声を聞けるのはいつだろうか」と考えている自分に気づきました。そして、次に声かけがあったとき、初めて挨拶を返すことができたそうです。それから、なんということもない会話を交わすようになり、ちょっとした身の上話をするようになったころ、学生から提案があったと言います。

 「もう一度、アパートで生活してみませんか、パートで事務の手伝いをしてくれる人を探しているところがあるのですが、よかったらいってみませんか。」

 ほんとうに驚いたそうです。ホームレスとなってから2年。もう一度、畳の上で生活することなど、考えたこともなかったからです。いま、現実的な話として、自分が選べる生活として提案された。信じられない思いと同時に、やってみようかという気持ちもわいてきた。とりあえず、仕事ができるかどうか、パートの事務仕事に通うことにしました。仕事先の人に喜ばれ、長続きしそうだという見通しが立ったとき、安いアパートを見つけ、入居しました。

それから半年後、Aさんはフルタイムの仕事でも働けるかもしれないと、自分で仕事を探し始めました。面接に行き、採用されました。勤務する前に、死んだ息子に報告したい。そう思ったAさんは、息子の墓のある故郷に帰りました。一泊の予定でした。しかし、墓の前で倒れ、救急車で運ばれ、入院となりました。やはり、ホームレス状態の中で、体を壊していたのかもしれません。あるいは、息子さんを失った心の傷が、ほんとうには癒されていなかったのかもしれません。

その後の、Aさんの消息は伝わってきません。

 

実は、Aさんは、釜ヶ崎支援機構が職安を通じて求人した時に、面接に来た中の一人だったのです。面接で話を聞き、採用を決めました。「入院しています」、という連絡があったとき、退院したらすぐ連絡してくださいと言っていたのですが、その後、連絡は途絶えたままになっています。故郷で元気になって、働いているのであればいいのにな、と思っています。

声かけをしていた学生が、個人として活動していたのか、団体の一員として活動していたのかは定かではありません。

しかし、定式化すれば、全国いたるところで行われている支援活動の一例とすることができます。

まず、訪問があり、人と人とのつながりができ、課題の解決に向けての模索が始まり、具体的な提案がある。Aさんの場合は、職と住居でしたが、病院にいくことであったり、居所を確保し、「福祉事務所」に行くことであったり、人それぞれに応じて異なるものです。   

具体的提案は、「支援する側」からだけされるとは限りません。確かに、ホームレスの人は、ホームレスを続けるうちに、あるいは、ホームレスとなる過程で、今後の自分の生活の変化についての具体的なイメージを描くことや、行動パターンの変更についての可能性を検討することなどが萎縮しているという面があります。ですから、活用可能な福祉資源などについて情報量の多い支援の側から具体的提案がなされることが多いのですが、ホームレスの人の心の中に、「こうしたい」「こうなればいいな」というものがまったくないわけではありません。ただ具体的な方法、手立てを思いつかない、思いついても現実にそれを自分は活用できないと判断してあきらめてしまっているから、具体的な提案として支援者との会話の中に出てこない場合も多くあります。

心の中にある思い、ふともらされる希望を、具体的な提案とし、具体的な道筋をみつけ、ともに歩む。このことは、多くの支援団体が共通して心していることだと思います。

 

5 行政による支援

 

国のホームレス対策(注8)

(1)就業機会の確保
 ○就業ニーズ等に応じた求人開拓や求人情報の収集及び提供
 ○職業相談員によるきめ細かな職業相談等の実施
 ○試行雇用の施策等の実施による新たな職場への円滑な適応促進
 ○技能講習や職業訓練の実施による職業能力の開発・向上(2)安定した居住の場所の確保
 ○公営住宅の単身入居制度等の活用
 ○低廉な家賃の民間賃貸住宅に関する情報提供
 ○民間の保証会社等に関する情報提供

(2)安定した居住の場所の確保
 ○公営住宅の単身入居制度等の活用
 ○低廉な家賃の民間賃貸住宅に関する情報提供
 ○民間の保証会社等に関する情報提供

 

(3)保健及び医療の確保
 ○保健所等による健康相談や保健指導等の実施
 ○保健所等との連携による効果的な結核対策の推進
 ○医療機関における受診機会の確保

 

(4)生活に関する相談・指導
 ○関係機関・施設の連携による総合相談事業の実施
 ○民間団体等と連携した街頭相談の実施
 ○精神保健福祉センター等の協力を得ながら、心のケアの実施

 

(5) 自立支援事業及び個々の事情に対応した自立支援
 ○自立支援センターによる、宿所や食事の提供、生活指導、公共職業安定所と
  の連携による職業相談等の実施
 ○地方自治体が取り組みやすい事業の見直しの検討
 ○ホームレスの類型別のきめ細かな施策の実施
  ・失業状態 → 就業機会の確保(職業相談・求人開拓等)
  ・医療・福祉等の要援助者 → 保健・福祉相談、医療機関・施設への入所
  ・社会生活を拒否 → 相談活動を通じた社会との接点確保

 

(6)ホームレスになるおそれがある者に対する生活上の支援
 ○職業相談等の充実強化、技能講習等による技能の付与
 ○シェルター等による居住の場所の確保
 ○街頭相談の積極実施

 

(7)緊急に行うべき援助及び生活保護
 ○急迫状態の者や要保護者に対する生活保護による医療扶助の活用
 ○ホームレスの状況に応じた適切な保護の実施
 ○関係機関との連携による自立に向けた支援の実施

 

(8)ホームレスの人権擁護
 ○ホームレスに対する差別の解消や人権侵害事案への適切な対応
 ○ホームレスの入所施設等における人権尊重への配慮

 

(9)地域における生活環境の改善
 ○自立支援施策との連携を図りつつ、都市公園等の公共施設の適正な利用を
  確保するため、
   (1)施設内の巡視や物件の撤去指導等を適宜実施
   (2)必要と認める場合には監督処分等を実施

 

(10)地域における安全確保
 ○ホームレスに対する事件防止等を推進するパトロール活動の強化
 ○地域住民に不安を与える事案等について速やかに指導・取締り等を実施
 ○緊急に保護が必要な者に対する適切な保護

 

(11)民間団体との連携
 ○行政・民間団体・地域住民等による協議会の開催
 ○民間団体への各種支援の実施
 ○事業の委託を行うなど民間団体の能力の積極的な活用

 

(12) その他
 ○ホームレスの自立支援やホームレスを生まないための地域社会づくり
  ・地域福祉計画、ボランティアが活動しやすい環境づくり、民生・児童委員活動
   の充実など

 

 全国を対象とした法と国の対策基本方針はできたのですが、全国で「ホームレス支援」が積極的に取り組まれているわけではありません。

 各自治体における福祉資源の状況やホームレスの人の人数の多寡などによって、取り組み状況が異なります。

 大規模な日雇労働市場「寄せ場」の存在している都市は(大阪・釜ヶ崎=あいりん地区、東京・山谷、横浜・寿)、不安定就労層の最たるものである日雇労働者が、景気の動向や季節的な要因による仕事の減少などによって野宿を余儀なくされることが多かったことから、その現象に対応する福祉資源が存在していました。

 大阪で言えば、釜ヶ崎地区内の簡易宿泊所で生活する日雇労働者を対象とした福祉窓口である大阪市立更生相談所、借用書を書くことで利用することのできる医療機関(大阪社会医療センター)、生活保護法による施設保護の受け入れ施設としての「大阪自彊館」や「みおつくし福祉会」などが経営する救護・更生施設、なかば行旅病人受け入れ専門化した病院、越年対策としての臨時宿泊所設置などがそうです。

 釜ヶ崎地域内と周辺に野宿を余儀なくされる日雇労働者が増え続けると、短期間の宿泊施設である生活ケアセンターや55歳以上の高齢者を対象とした登録輪番制による就労対策、一夜の寝場所だけを提供する「あいりん緊急夜間避難所」などが新たな施策として実施されました。これら施策の活用は、なにも釜ヶ崎の日雇労働者に限られているわけではなく、情報を知りえた市内各所で生活するホームレスの人たちも活用することができます。(もっとも、生活保護法の保護は、発生地での「現地保護」が原則ですから、市立更生相談所で相談する場合は、少なくともその日の前夜は「あいりん地区」内で寝泊りしていたことが前提となります)。

 1999年2月、国において「ホームレス問題連絡会議」が設置され、「ホームレス問題に対する当面の対応策について」が取りまとめられて(5月)、巡回相談の開始や自立支援センター、公園仮設避難所などの施策が追加されることになります。

 大きな日雇い労働市場が存在しない多くの市では、戦後の混乱期はいざ知らず、高度成長期以降は、路上や公園で生活する人がほとんど問題になることがなかったので、ホームレスの人が福祉窓口に相談に来ても、対応できる福祉資源がなく(県によっては、県内に救護施設が一ヵ所も無いところもあります。一時保護所や一時宿泊施設がある市は、神戸や京都など全国でも限られています)、話を聞くだけか、交通費を出すぐらいしかなすすべがない状態と言っていいと思われます。

 対応できる福祉資源のない市では、これから構築しなければならないわけですが、どの地方自治体も財政事情が思わしくなく、すでに実施計画を策定した市においても、自立支援センターなどの施設の設置をともなう施策については、検討課題としているところが目につきます。

 ホームレスの人の多くは、健康状態が悪く、ほとんどの人が治療を受けていません(全国調査によれば、どこかからだの具合の悪いところがある人は48.4%、そのうち何もしていない人が68.4%)。そのため、どの自治体の実施計画でも、医療についての取り組みも取り上げられています。福岡市の実施計画では、「緊急搬送時の受け入れ救急医療機関の確保に努めます」と書かれています。(注9)ということは、現状では、ホームレスの人が救急搬送されて病院にかかることすらままならない状態にあると推察されます。

 全国的に概括すれば、過去から引き継いだ福祉資源がある自治体はごくわずかであり、しかも、それらはホームレスの人の「数」に対応しきれない規模にとどまっていますし、新たな施策は試運転段階といえ、確実な「成果」をあげるに至っていません。多くの自治体は、福祉資源の構築からはじめなければなりませんが、財政事情や関係者の「問題」に対する認識度が低く、なかなか具体的な施策を展開できるところまで届いていません。

 行政によるホームレスの人に対する施策は、とても課題の大きさに見合ったものであるとはいえないと思います。

 しかし、愛知県にある衣浦東部保健所のように、周辺地域の関係機関と協議し、ホームレスの人を訪ねて「健康診断日」のお知らせを手渡しし、当日は昼食を準備するなどして、医療機関や福祉相談につなげることを手がけるところも出ています。報告書によれば、ホームレスの人たちからは、「自分たちの健康に気をつけてくれる人たちがいることを知ってうれしかった」と喜ばれ、参加した職員たちからは、「最初はこわごわだったが、あんなに喜ばれるとは思わなかった、とってもあたたかな気持ちになった」という感想があったといいます。

 私の知らないこのような事例は、全国にまだまだたくさんあるのかもしれません。行政機関による様々な試みが、広く伝えられ、多くの自治体で共有されることで、具体的な取り組みがさらに広がる、そのための「全国自治体ホームレス対策事例報告研修会」のようなものが、あってもいいのではないでしようか。

 

6 生活保護法と支援

 

 20037月、国の基本方針発表と同時に、厚生労働省社会・援護局から「ホームレスに対する生活保護の適用について」という通知が、全国の自治体に出されました。

 基本的な考え方として、「生活保護は、資産、能力等を活用しても、最低限度の生活を維持できない者、すなわち、真に生活に困窮する者に対して最低限度の生活を保障するとともに、自立を助長することを目的とした制度であり、ホームレスに対する生活保護の適用に当たっては、居住地がないことや稼働能力があることのみをもって保護の要件に欠けるものでないことに留意し、生活保護を適正に実施する」ことが、改めて確認され、退院時や施設退所時でなくとも、住居確保に必要と認められ敷金等が支給されることになりました。(注10)

 これにより、生活保護申請時に居所がないことを理由に門前払いされることは、原則としてなくなったことになります。

 しかし、保証人の要らないアパートやマンションをホームレスの人が独力でさがすことが困難なこと、稼働能力(身体的に働ける状態)の活用の判定の問題、役所的な対応への不慣れなどから、すんなりと保護適用となることは困難な状況にあります。

 全国的に、行政の側に対応できる福祉資源が少ない状況にあることから、生活保護法の保護のうち「居宅保護」を主たる施策とせざるをえないことは明らかです。

 福祉窓口に住宅情報を備える、稼動能力活用については、申請時には問わず、保護適用後就労指導を行う、窓口申請主義をあらため、積極的に街頭面接をおこなうなどが取り組まれる必要があります。行政機関が直接それらを実施することが困難であれば、「法」にも謳われているように、民間団体と協働によることもできると思います。

 忘れられてならないことは、居所が確保され、食べるに困らない収入を得られるようになれば、問題が解決したということにはならないことです。ソーシャル・インクルージョンとは、そんな安直なものではありません。

 

7 就労支援について

 

 ホームレスの人が、ホームレスとなった理由は、全国調査によれば、「仕事が減った」からであり(35.9%)、「倒産・失業」(32.9%)したからです。その次に多いのが、「病気・けが・高齢で仕事ができなくなった」(18.8%)です。

 ホームレスとなっても、多くの人が収入を伴う仕事をしています(64.7%)。しかし、月収3万円未満が6割を占め、1〜3万円が35.2%で最も多いグループをなしています。

 国の基本方針が、「就業機会の確保が最重要」としているのは、もっともなことだと思われます。しかし、その具体策は、民間の活力を前提とした就職相談や訓練事業にとどまっています。

 たしかに、民間の活力によって、失業問題が解決することは望ましいことであると思います。しかし、平均年齢55歳を超えた、多くは元肉体労働者であるホームレスの人たちが、たとえ居所を確保したとしても、安定した収入をもたらす就職先を得ることは困難なことです。

 ほんとうに就業機会の確保が最重要であるとするならば、今は経済的な採算性の問題から手がつけられていないが、社会的には必要な仕事に、予算がつけられ、公的就労として具体的な就業機会として提供されるべきではなかろうかと考えています。

 

注記

(1)ホームレス自立支援法(ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法)20027月31日制定。

「第1条(目的) この法律は、自立の意思がありながらホームレスとなることを余儀なくされた者が多数存在し、健康で文化的な生活を送ることができないでいるとともに、地域社会とのあつれきが生じつつある現状にかんがみ、ホームレスの自立の支援、ホームレスとなることを防止するための生活上の支援等に関し、国等の果たすべき責務を明らかにするとともに、ホームレスの人権に配慮し、かつ、地域社会の理解と協力を得つつ、必要な施策を講ずることにより、ホームレスに関する問題の解決に資することを目的とする。」

 

(2)国の「ホームレスの自立の支援等に関する基本方針」(20037月告示)には、「ホームレス対策の推進方策の基本的な考え方」として、以下の点をあげている。@ホームレスの類型や背景を踏まえた、総合的かつきめ細かな対策が必要。Aホームレスが自らの意思で安定した生活を営めるように支援することが基本(就業機会の確保が最重要、その他居住の場所の確保等が重要。野宿生活を前提とした支援は緊急的・過渡的施策)B地方公共団体は、ホームレス数に応じた適切な施策を実施(厚生労働省「ホームレスの自立の支援等に関する基本方針概要」)

 

(注3)衆議院厚生労働委員会決議文のホームレスの自立の支援等に関する特別措置法の運用に関する件のなかで、「公共の用に供する施設の管理者が当該施設の適正な利用を確保するために必要な措置をとる場合においては、人権に関する国際約束の趣旨に充分に配慮すること」としている。

 

(注4)実施計画をホームページで公表している地方自治体は以下の通り(2005110日現在)。

東京都・大阪府・大阪市・神奈川県・川崎市横浜市・愛知県・名古屋市・福岡県・福岡市北九州市久留米市・京都府・京都市・兵庫県・神戸市・埼玉県・千葉県・仙台市

 

(注5)社会的な援護を要する人々に対する社会福祉のあり方に関する検討会。旧厚生省が2000年7月設置。12月8日に報告書を発表。

 

(注 6)ソーシャル・インクルージョン(Social Inclusion) インクルージョンは「包み込む」の意。近年、フランスやイギリスなどのヨーロッパ諸国で、社会福祉の基調とされている理念。

 

(注7)笹島診療所 「野宿を強いられている労働者、使い捨てにされている日雇労働者の人間としての尊厳・生活・健康を取り戻す(あるいは守る)ために、当事者と共に考え、生活・医療の面から支援をし、状況を変えること」を目的としている。http://www4.ocn.ne.jp/~sasasima/

 

(注8)厚生労働省「ホームレスの自立の支援等に関する基本方針の概要 2.ホームレス対策の推進方策」より抜粋。

 

(注9)福岡市の実施計画では、福岡市独自の制度として、入院協力金がある。類似のことは他市でも行われていると思われるし、今後広がるかもしれない。

 「生活保護法第19条第1項第2号による住所がないか又は明らかでない要保護者を入院させた医療機関は診察前に体を拭くなどの特別な対応が必要なため、協力を依頼しています。」(「福岡市ホームレス自立支援実施計画)

 

(注10)「保護開始時において居宅生活が可能と認められた者並びに居宅生活を送ることが可能であるとして、保護施設等を退所した者及び必要な治療を終え医療機関から退院した者については、公営住宅等を活用することにより居宅において保護を行うこと。

 なお、保護開始時において居宅生活が可能と認められた者であって、公営住宅への入居ができず、住宅を確保するため敷金等を必要とする場合は、「生活保護法による保護の実施要領について」(昭和38年4月1日社発第246号厚生省社会局長通知)第6の4の(1)のキにより取り扱うこと。(厚生労働省社会・援護局「ホームレスに対する生活保護の適用について」)

なお、釜ヶ崎支援機構のホームページ(http://www.npokama.org/)の福祉部門の中には、「野宿生活者のための生活保護申請手引書」がある。