興行人の苦情

    南地千日前なる数多の匂欄小屋は誰も知る通り昨年五月以来夫の

   拉病流行の為にいづれも営業の停止を食ひ永らく休業せし後漸く解

   停となりヤレ/\と思ふ間もなく同年十月七日夜同所東側小屋の出

   火にて各興行場ならびに遊技場、飲食店等まで悉く焼失し爾後は従

   来の如き小屋建にては衛生上に害あれば手丈夫にして空気の流通よ

   き瓦屋根の本建にすべしとの其筋の沙汰なるにぞ各小屋主等は泣面

   に蜂さしくりやりくり無理算段をしてヤツトの思ひで現在の如き興

   行場を建築しこゝ三四年の間に右の借金済をせんとの的事が畚ふん

   どし此程南区役所へ右興行人中の重立ちし者三人を召喚の上千日前

   諸興行場及び遊技場等はいづれも来廿一年十二月限に取払ふべき旨

   を達せしにぞ各興行人は何でこの一両年のやうに我々仲間には祟が

   つゞくか現在の建物即ち匂欄小屋には一軒に付平均八百円位を費し

   たれば都合十四軒の興行場にて建築費総計凡そ一万千二百円その利

   足だけさへ未だ儲からぬ今日この取払の沙汰あるとは何たることか

   維新以来は朝令暮改とかいふことが何処やらより行はれるとのこと

   なれど此はあまりのこと是非来年限り千日前の興行物を禁ぜねばな

   らぬ位なら去年の秋に焼けた時いつそ斯うと打明けて呉れたがよい

   に当時はだんまりの幕で僅に半期たつが経たぬ間に取払の沙汰こん

   な詰らぬチョボ一はないとて目下いづれも苦情たら/\其筋にては

   万止むを得ざる事情のありて茲に至りしたらんが右の始末を聞いて

   見ると興行人の小言すも亦無理はないやうだ

   

   大阪日報

   明治20年7月31日

   

   著者:大阪日報
   表題:興行人の苦情
   時期:18870731/明治20年7月31日
   初出:大阪日報
   種別:興行/長町取払/