論説 四区二郡町村連合会の結果(承前)

   今や連合会議員の説に聞くに其説く所一ならずと雖も均しく共に廃

   棄説を成立しめたる者なるが其最たるものは早晩市区の改正を為さ

   ゞるべからざるに僅々《/\》現げん今の市区より数町を距たる難

   波村に貧民を移転せしめば数年を出ず再び之を他に移さゞるべかず

   して今日之に供する費用は遂に無益に属すべし当局者に於て此等の

   考案もなく一時姑息の策を以て不急の土木を起すは其当を得ざるも

   のなりと云にあり成程大坂の市区改正は到底為さゞるべからざる事

   にて余輩は素より賛成する所なれども其期に至ては果して何の時に

   あるべきや予め之を知る能はず若し市区改正の期にして今より五年

   の後若くは七年の後に於て必ず施行するものとせば之と同時に貧民

   の移転を為さしむるも大いに妨なかるべしと雖も其改正の期は十年

   の後にあるや将百年の後にあるやを未だ知らざるの今日に於て唯到

   底市区改正を為さゞるべからずと云のみを以て廃案の材料とするは

   恰も親属の遺産相続を目的として未だ死期の知れざる前に於て已に

   金銭を消費せんとするものゝ如く前途の策は良なるが如しと雖も今

   日の策は迂闊の謗りを免れざるなり且仮令市区改正を今より五年若

   しくは七年の後に為すものとするも今日の貧民移転を以て之が第一

   着手と為せば大いなる不可なかるべし又学者の所説実際に適せず実

   際家の計画学理に該らざるが如きは往々見聞する所なるが帝国大学

   より商法会議所に対する答案と当局者が悪疫予防の為め計画したる

   事実を恰も符を合する如きはあるは所謂る期せずして会するものに

   て学理事実の会同して一途に出るものなれば若し此機を外さず貧民

   の移転を決行せば悪疫予防上良結果を見るに至るべきは疑ふ所にあ

   らざるなり抑四区二郡町村連合会を開かれたる目的は貧民を移転せ

   しめて以て悪疫を予防し公安を維持し市区の体面を改むる等にあり

   しが前には議案の不完全なる事民力凋衰の事東成郡を加へざるの不

   可なる事其事を府会に付せざるの不可なる事貧民を移転せしめば市

   中に空所を生じ為に体面を欠く事等種々の分子相集つて一の全廃説

   を成立せしが今回は前途未だ知れざるの市区改正を待て之と共に為

   す事比較上旧名護町より多くの悪疫者を出さゞる事等を以て又一の

   全廃説を成立し遂に貧民移転の件は第一回に否決し再議に否決し又

   第二回即今回にも否決し此上は最早他に施すべき策なく貧民移転の

   事は全く大阪府に在ては消滅せざるを得ざるが如くにして折角今日

   まで当局者が勉強して計画せられし所も遂に水泡に帰せんとするの

   勢いに立至りたるは洵に已むを得ざる事と云はざるを得ざるが余輩

   は独り怪む当局者が悪疫予防の熱心より生じたる計画を議員に於て

   不可とし之に代ふるに議員諸氏が一人として悪疫予防の良策を口外

   するものなかりしを想ふに議員諸氏は大坂の繁盛を希ふ人なり悪疫

   の予防に熱心する人なり当局者が大坂の繁盛を希ふ悪疫の予防に熱

   心すると何ぞ異なる所あらん然るに当局者が提出したる議案を不可

   としたるは其方法宜しきを得ずとしたるに因るべければ之に代ふる

   の良策なかるべからずして而して議員諸氏が其考案を提出したるこ

   と未だ聞かざるは抑何ぞや議員諸氏が大坂の繁盛を希ふの情は当局

   者の切なるに如かざる乎悪疫予防を望むの心は当局者の熱中なるに

   如かざる乎余輩は議員諸氏と当局者との間に於て大坂を思ふの情は

   異同あるを信ぜなるなり唯議員諸氏は未だ当局者の考案に代ふるも

   のを提出せざるのみにて日ならず新案奇考の良策を聞くの幸に会せ

   ん噫世人よ貧民移転議案の否決を嘆ずると同時に議員諸氏が大坂の

   繁盛悪疫の予防に適当なる新案を公にするの日を待て蓋し是れ遠き

   にあらざるべきなり(完)

   

   著者:朝日新聞
   表題:論説 四区二郡町村連合會の結課(承前)
   時期:18861019/明治19年10月19日
   初出:朝日新聞
   種別:論説/長町取払/