談判愈々破裂

   前号に記せし西成郡難波村字久保吉の田畑買上の事は遂に談判の纏

   まらざりし如くにも見え又然らざるやうにも見えたるが右は愈々破

   談の事に決し即ち一昨六日午前八時過より難波村々会議員及組長等

   五十名ばかり同村八阪神社祠掌阪口氏の宅に集会して前夜に議し残

   せし久保吉の田畑一件を議し同席には日下書記も出張し一同に向ひ

   て該地面買上の事を説諭すれどいづれも不承知を唱へて到底其説諭

   に服せず昨日に至り村会議員津和九左衛門外七名が村民総代の名義

   を以て西成郡長へ向け差出したる答弁書の大意は難波の如き戸数は

   七千余戸居住民の過半は破産貧困の者にして年々戸数割及営業税の

   不納多く殊に近来鉄道布設及諸会社製造所の設置等にて耕地は次第

   に狭み追々貧困の状を重ぬる今日に当り猶又共同家屋の移転地とな

   りて此上に貧民の増加するに於ては難波村将来の困難は如何の惨状

   に立至るや知るべからず依て折角の御説諭に預りたれども断然承諾

   仕りがたきに付外に相当の地所撰定ありたしといふに在り是にて先

   づ過日来の説諭も水泡に帰したる姿なりといへり。

   

   著者:朝日新聞
   表題:談判愈々破裂
   時期:18861008/明治19年10月8日
   初出:朝日新聞
   種別:長町取払/