『住宅』15巻5号 通巻164号 1966年5月10日発行 社団法人 日本住宅協会
スラム特集-住宅の底辺
不良住宅地区 改良の基本的考察・・・・住田昌二
まえがき
1.不良住宅地区改良の政策的変遷
1)戦前期/2)戦後前期/3)戦後後期
2.今日の住宅・地区の不良化の進行過程
1)都市下層の増大/2)新たな生活窮乏化の進行/3)住居状態の階層的分極化/4)住民への土地利用高度化圧力の激化/5)大都市の居住環境の悪化
3 不良住宅地区の型と基準
4.不良住宅地区改良の事業類型
Ⅰ)公共住宅建替型/Ⅱ)転用住宅撤去型/Ⅲ)同和事業型/Ⅳ)都市再開発手段型
5.不良住宅地区改良の方向
1)住宅政策的側面/2)都市再開発的側面/3)社会福祉政策との関連
*当該論文内容については編集の意図が十分反映されなかったところがあり、又、内容について事実と違っていたり誤った評価をしていると思われるところがあるので編集を担当した研究グループの注釈及びに意見をスラム研究の方法論(編集後記)に附記したので参照されたい。
まえがき
今日、不良住宅地区の改良事業は、住宅政策の重点が持家政策に移行しつつある状況下で、かって位置した政策の主流から後退しており、また、事業のとりあげ方が、現実に起っている不良住宅地区の存在形態の変化に対応できなくなっているという二重の意味において、時流に適しなくなっている。しかし一方では、現下の都市社会は、構造的に高度化しつつあり、都市再開発の諸方策の実施が公共的観点から強く要請されている情勢にあって、不良住宅地区改良の都市計画的側面が、更にクローズアップされそうな兆しがみえる。現行の地区改良法は、旧法が大巾に改正されてまだ数年にしかならないのに、大きな曲り角に来ていると考えられるのである。
旧法の主な改正点は、まず不良住宅地区の基準を明確化した点にある。しかしこれは、「不良化」を著しく住居状態の物理的側面に限定し、集団的な住宅の不良化形態のみを問題にしようとしているため、今日のように住居状態の悪化が多角的拡散的にあらわれている状況では、極めて部分的なとりあげ方しかしていないことが、住民的観点から指摘できよう。次に現行法は、「地区整備」(公共的要求)と「住宅改良」(住居の要求)のバランス化を都市計画的にはかろうとしているが、現実には今日の都市社会が独占段階に移行しつつあり、都市の土地利用の高度化が全般的に進められ、地区整備の観点がより一層強調されそうな傾向が出ており、現住地主義を基調とした住宅改良は否定されようとしている。
このような点に注目しながら、本論では、現在の不良住宅地区改良の基本的問題点を、住宅地区の不良化の実態の変化と対応させて分析考察し、今後改良の方向づけを行いたい。
不良住宅地区は、資本主義社会の矛盾として住宅問題、都市問題、生活問題を集中的に表現している地城である。しかも今日では、これら問題が複雑にからみ合って現象しているから、不良住宅改良を住宅問題的次元に限定してとりあげることは、極めて一面的なとりあげ方に過ぎず、本当の問題解決になり得なくなっている。つまり英国に範をとって進めてきた住宅改良事業は、改良方式としては古典化しているというべきではなかろうか。今や不良住宅問題は、再び新しい位置ずけを必要としているとみられるのである。
1.不良住宅地区改良の政策的変遷
まず、今日までの不良住宅地区改良が政策としてどのようにとりあげられてきたかを、各時期の不良住宅地区の形成過程と対応してみることにより、とりあげ方がどのように変ってきたか、そしてそれを貫ぬく地区改良の基本的性格は如何なるものかを考察しよう。住宅改良事業は、旧改良法の成立、改正を基準として、大体、戦前、終戦後-1959年、1960年以降の三期に分けられる。
1)戦前期
まず戦前のスラムの特徴は、極貧層における生活の窮乏化と住宅・地区の不良化が癒着し、地域的に局限した形であらわれたことである。スラムは極めて典型的な形態をとり、他地域とはっきりと区分されていた。すなわち、<貧民窟>に概念化されたものが、不良住宅地区の実態であった。このような地区の改良がとりあげられたのは、地区住民の直接的な要求に基ずいたものではなく、不良住宅の密集地区の存在が、支配階級にとって、保健上、保安上有害危険と見なされる場合に限られていた。特に大正末期から昭和初期にかけての不況期に、米騒動、部落解放運動、労働運動等の社会問題が次々と起りスラム地区がこれらの震源地のように見なされた。それに対する「融合政策」として不良住宅地区改良法が公布されたのである。
住宅政策の具体的展開を欠いていた当時の地区改良は、<モデル事業>として性格ずけられよう。すなわち、政策のとりあげ方からみれば、地区改良は、貧民窟の住宅の不良化を他階層から切離して問題にすることにより、わが国の都市の住居状態の総体的な低さをおおいかくす役割を果した。つまり、スラムの住宅は、まずもって悪化状態のモデルであった。さらに当時においては、公的な住宅供給政策が確立しておらず、改良住宅の建設は、住宅供給のモデルとして具現した。不良住宅地区がスラム形態として典型化しているほど、改良事業も効果的であった。
従ってまた、その事業は、内容的にみれば、住居状態の劣悪化の根元にある居住性者の「貧困」に手が加えられるのではなく、むしろそれらを切り離して「住宅」の改良に限ったことが特徴的である。居住者層の生活改普としてとりあげられるのではなく、総資本の要求に合致した形の環境の改良としてあらわれたのである。建設された改良住宅は、当時の技術を結集したRCアパートで、一般庶民住宅の水準をはるかにしのぐものであり、そのモデル的効果は大きかった。しかし、地区居住者には、そのような住宅に入居することにかえって不安を感じ他のスラムに移り住むとか、また入居しても住居費の負担増加を非常に重荷に感ずる層が多かった。改良事業のこのようなお仕着せ的性格は、以後現在に至るまで変るところがない。
2)戦後前期
戦後のスラムは、戦前とは全く異った形をとってあらわれた。戦争に起因する住宅の総体的な不良化が進行する中で、被災地の応急復興住宅、公用地の不決占拠のバラック住宅、非住宅への引揚者の定着等、新たな形態の不良住宅地区改良を局地的にとりあげることは全く無意味となり、戦前において存立していた改良事業のモデル的基盤は、実質的に崩壊した。終戦直後、不良住宅地区の存在は、都市住宅の総不良化状況の中に埋没していたが、自力建設を主体とした住居状態の回復によって、総体的な量的住宅難は、やがて低所得層にしわよせられた質的住宅難に転化していくとともに、新たに注目されはじめるようになった。
その時期のスラムの存在形態は戦前とは全く異った様相を呈していたから、住宅改良のとりあげ方も、住宅の不良化の種々のあらわれ方に対応して、多角的な改良方式の樹立へと向うべきであったが、地区改良の基調は、結局のところ戦前と変らなかった。膨大な不良住宅群に即して政策の対象を拡大するのでなく、対象を如何に限定するかという観点から、住宅の最低基準や、採点評価法による不良住宅地区の判定等の作業が、事業化に先立ち重要視された。不良住宅地区の選定方法は、一見科学的にみえたが、最も極端な形態を如何に効果的に抽出するかという不良住宅地区の順序化に重点があったのである。「不良住宅」の定義を厳密にするほど、かえって生活の「貧困化」の側面が捨象されていった。当時においては、旧改良法は既に有名無実化していたので、新たに制定された公営住宅法の特別枠による住宅建設が、地区住民の改善要求が特に強い場合に限って旧改良法に代替する政策として細々と続けられた、当時の状況では、地区改良をとりあげることが、総資本側にとってまだ必要とみられていなかった。
3)戦後後期
1955年頃を転機として、わが国の資本主義経済は、戦前の地盤を回復し、新たな高度成長の段階に入った。産業基盤整備を中心とした都市化が進められる過程で、不良住宅地区の存在が産業の発展を阻害するようになり、その点から、地区改良が問題にされるようになった。そして旧法の改正に手がつけられるが、居住者の立場から住宅改良の方式を、住宅不良化の実態に即して巾広く定立するといった点はそのままにされ、都市計画の重視という公共的要求に答えることが改正の主な点となった。そして改良の緊急度をチェックするという意味から、不良住宅地区の基準が法定化されたが、その適用にあたっては、地区住民の住宅改簿要求とは必ずしも関係なく、不良住宅地区としての形式的妥当性(=物理的状態)だけが強調され、地区住民の生活再建を前提とした住宅改良よりも、むしろ都市再開発の一形態として、地区整備に狙いをおいた地区改良が進められる可能性が出てきた。
さらに、現下の情勢では、高度経済成長の矛盾のあらわれとして、産業と住民生活のアンバランス化が著しく増大し、産業基盤整備が進められる一方、住居状態の悪化が拡大再生産されており、そのことがまた、産業の発展の足かせになっている。従って、総資本の立場からは非現住地主義の導入による不良住宅地区の用途転換によって、土地利用の資本制高度化を進めようとする要求が、強まっていると見られる。また住民の立場からみれば、今日の住居状態の悪化、地域の荒廃化は、産業の跋行的発展のしわよせとして、極めて多面的かつ相互関連的にあらわれてきているのが特色であるから、住宅改良は、スラム的形態よりもブライテッドな形態を問題にしなければならなくなっているというべきであろう。
2.今日の住宅・地区の不良化の進行過程
今日における住宅・地区の不良化の存在形態が戦前とは全く異ってきているとみるならば、現下の住宅・地区の不良化の進行を規定しているのは何か、以下において、その主要な点をあげてみよう。
1)都市下層の増大
不良住宅居住を生み出すもとになるのは生活の貧困化であるが、貧困が集中的に顕在化する層としての都市下層の動向をみれば、近年その絶対量が増大していることが指摘できる、例えば、江口英一氏は、非農林業職種従事者を都市的就業者とし、そのうち、「自営業者」中の建設職人・手工業者、「名目的自営業老」(行商・露天商・家内労働者等)、「単純労働者」、「生産労働者」中の下層をもって、<都市下層>と定義しているが、表-1に示す通り、その種総数は、1955年の10,874千人から、1960年の12,717千人と200万人の増加となっており、1950年の都市的就榮者数の43%に及んでいる。一方、「生産労働者」中の中・上層も大巾に増大しているが、それらは全体的にみて、都市下層の比率を減少させることなく、むしろその基礎の上に拡大していることが問題である。そして技術革新の進行過程では、若年労働者層の半技能労働者化と対比的に、都市下層の不熟練労働者化が進み、特に中高年令層の雑役人夫層を多量に産み出している。(註江口英一、都下々層の労働者の状態,「経済」1965年11月号)
2)新たな生活窮乏化の進行
産業の再編成を通じて、就業者の分化は、階層的分極化の方向に進んでいる。各階層間の流動がなく、大企業は大企業、日雇は日雇という形で就業形態は固定化していっている、底辺層の所得は構造的に低く規定されているから、そのことは、底辺層の生活の貧困化を社会的に固定化していくことに連がる。一方また、近年の消費水準の向上は著しく、より高度な消費生活様式が全階層に定着していっているが、耐久消費財の普及などが都市下層に及ぼす影響は極めて大きく、家計への経済的重圧や、住空間の空間的混乱となって現われ、生活の窮乏化は、住居の物理的状態面よりも、生活の内容面におけるアンバランス化の増大という形であらわれてきている。
3)住居状態の階層的分極化
都市上層の住居状態は持家のデラックス化などによって改善されていっているが、下層のそれは依然低い状態に取りのこされており、全体として都市の住居状態は停滞的である。総理府住宅統計調査によって、1958年と1963年両年間の6大都市の住宅事†青の変化をみれば、表-2の如くである。まず、住宅総数では各市20-40%増となっている、所有関係別にみれば、「民間借家」の増加が著しい。建て方では「共同建」の増加が各市とも2.5~3倍と顕著であるが、その主体は<木造アパート>にあるとみられる。居住室数では、「1室」と「4室以上」の増加が目立っているが、前者は木造アパートによるもの、後者は持家によるものと推定され、絶対量では「1室」の増加量が大きい。63年の居住室数分布は、各市ほぼ40~50%である(表-略)、規模からいって住居状態は依然悪いのである。1人当り帖数の指数は、「2.5帖以下」においていずれも減少しているが、これは、居住室数の変化からみても、供給住宅の規模拡大の結果とは言い難く、むしろ世帯規模の縮少化の寄与している面が大きいと考えられる。設備については、流し、給水、便所の共用はいずれも滅少しておらず、特に便所の共用は、まだ約2割も存在している。以上からみて、6大都市の住居状態は、停滞乃至は悪化していることは明らかである。そして、これら都市住居の質的状態の悪化を規定しているのは、<木造アパート>群の存在であるといえよう。木造アパートの立地状況、集団化形態は極めて劣悪であるから、不良住宅地区の再生産要因になるものとして地区改良の観点からとらえることが必要となってきているといえよう。
ここ10年間位の大都市圏の人口集中は著しいものがある。これら増加人口の定着過程は、大都市圏全体に一様に進行しているのではなく、ミクロにみれば、地価の少しでも安いところへ集中化しており、また、ブルーカラー層においては、事業所の立地に制約された形でその大部分が混合地域に沈澱していっている。このような地域は、概して生活基盤整備が立遅れており、急速な人口増加が、住居状態の集団的荒廃化を産み出していることは明白である。
4)住民への土地利用高度化圧力の激化
経済の高度化は、都市における土地利用をより収益性を高める方向に向わせる。都心における業務施設の容積率増大化とか、周辺地域における工場地化等が進められる過程で、都市底辺層の地域生活は、絶えず圧迫を受けやがては排除されていく。このような傾向は近年とみに強まっている。また産業の二重構造的配置、地価騰貴による土地利用の零細化のため、高度化の矛盾は産業面自体にもあらわれる。地域的には大都市周辺部にしわよせられ、混合的密集的利用による過集積的現象を生み出している。中小企業の下請密集地帯、家内工業・内職地帯がこれにあたるが、これらの地域では、住居と工場が混在した形の荒廃化形態があらわれている。
都市整備の主なものとしては、交通体系の刷新を目的とした道路・鉄軌道の整備、交通結節点の再開発等がみられるが、これらの整備は、都市下層の雑業化した職・住一体の生活圏を破壊し、区画形質の変更によって、住民の社会的分離を惹き起し、スラム拡散化の要因をつくり出すのである。
5)大都市の居住環境の悪化
産業に偏在した都市発展の結果として、また外部不経済を放置した資本蓄積の結果として、公害現象は益々著しくなり、大都市の居住環境は、悪化の一途を辿っている。公害による地域の荒廃化が、広域的に拡がっていることが、今日までの住宅・地区不良化にみられなかった特徴的な点である。公害現象を地区不良化の一要因とみないことは、極めて非現実的といわねばならない。しかし、今のところは、公害対策は住宅対策とは全然異ったものとして扱われている。
以上が、現在の大都市を中心とした都市地域にみられる住宅・地区不良化の主要因とみられるものである。これら諸要因は相互に関連し合って顕在化している。より基本的には、これらが、独占段階への移行期の矛盾の体質的な産物としてあらわれていることを見逃してはならない。
3 不良住宅地区の型と基準
これら地域の悪化要因の考察に基ずいて、不良住宅地区の型分けをすれば、ほぼ表-3に示す如くである。不良性の内容、あらわれ方の範囲といった点からみて、不良住宅地区の型は極めて多岐にわたっている。(もちろんこのような型分けは、不良化形態を単純化して示したものであり、実際にはこれらが複合してあらわれる。)悪化現象が段階的にあらわれていることを注日しなければならない。さらに、この類型化は、悪化の物理的側面のみをとりあげているが、住宅・地区の不良化の背後には、住民の貧困問題が存在していることを考え合せるべきである。
現在の不良住宅地区改良が対象としているのは、この型分けに照してみるならば、極めて局限化したⅢ型の地域であって、そのうちでも実際に事業化の行われるのは比較的事業化の容易なD~F型に過ぎない。Ⅰ型やⅡ型の対策は全く対象外におかれている。また戦前では、最も極端な不良地区である仮小屋とか、バタヤ地区がモデル的にとりあげられていた程度である。
戦前のスラムというのは、周辺地域と絶縁して極めて明確な形で存在し、一切の社会問題が集中的にあらわれていた。今日では、そういう古典的形態のスラムは、少なくなっていることが大いに注目されねばならないだろう。人道主義的な観点から、それら典型スラムの存在が許されないこととして問題にされるのは結構である。しかしそのような問題の仕方は、典型スラムが滅少していけば住宅改良の成果が上ったという、ちょうど、「住宅不足数」の解消といった考え方と同じ陥穽に落ち込む危険性を持つ。また典型スラムだけに視点を向けることは、わが国の他の膨大な低質住宅群の存在を捨象することにも連なる。今日、スラムは減少していない。集団的形態から拡散的形態に形を変えていると見るべきであろう。6大都市等において不良住宅地区調査の名のもとに、地区数や、不良住宅戸数を詳細に数えるというやり方は、その数だけしか不良住宅がないことを意味しており、「不良住宅」の包括的な実態把握を行っているとは言い難く、大いに意図的である。「不良住宅地区」は、今や定義を新たにし、全地域、全階層の中から位置ずけられ、生活問題、住宅問題、都市問題の全てにわたって、相互関連的にとりあげなければならない。
このようにみるとき、現行法が採用している不良住宅地区の基準には極めて間題がある。現行の基準による定義は、「不良住宅80%以上で且つ50戸以上」となっている。そして個々の住宅の不良性の判定基準は、構造的老朽化、設備不良を主な内容としている。基準化は、客観的妥当性の名のもとに、著しく住宅の物理的側面に限定している。表-2によっても明らかな如く、「修理不能」の住宅は1%以下であり(もちろんその計測法にも問題があるが)、老朽・破損を住宅不良化の主要因とみなすこれまでの観方は、事実に合わなくなっている。
現行基準の不良化率80%が高過ぎるといった批判もある。不良化率を下げれば、対象地区は拡大するから、その限りでは結構なことであるが(それによって改良の必然性のない地区を改良するといったとりあげ方も出てくることも警戒しなければならない)、住宅単位の、しかも物理的な側面のみに限定した枠内での基準の是正はあまり意味がない。現実の不良化の実態を体系的に整理し直すことが必要であろう。
4.不良住宅地区改良の事業類型
それでは、既往の事業はどのような不良住宅地区に対して進められてきたかを類型化し、個々の事業型の問題点、さらにこれら事業がどのような方向に進もうとしているかを考察しよう。事業の型は、地区の性格、改良の動機からみて、およそ4つ位の型に分けられる。
Ⅰ)公共住宅建替型
終戦直後にできた応急復輿住宅地区、大火震災等による被災地の応急仮設住宅地区、さらに初期の木造公営住宅等の老朽化した地区等を対象した住宅の建替えが一つの類型としてある。これらは、事業化の前提としての土地・家屋の権利取得が不必要であるから、その点では他の場合より地区改良の事業は容易である。また実績も多い。改良住宅建設に伴う家賃値上問題が解消できれば、地区居住者の原則的賛同も比較的得やすい。しかしこの事業においては、そもそも一時の間に合せ的な粗悪住宅の建設が、不良住宅の再生産要因をつくり出していることが批判されるべきであろう。
Ⅱ)転用住宅撤去型
旧兵舎等の非住宅建築を住宅に転用し、それらが老朽化したものの改良をいう。これら転用建築物は、概して文教地区内に立地していて、環境整備上改良が要請されるといった場合が多い。最近では、転用居住は少なくなっており、事業全体でのウエイトは小さい。
Ⅲ)同和事業型
関西に多い未解放部落の住宅改良事業をいう。この事業がとりあげられるのは、住民の強い要求に依る場合が多い。未解放部落は身分・職業・居住地を差別された結果として、貧困・住宅の不良化が集中的にあらわれている地域であり、生活難全般から住宅難だけを切り離した住宅改良だけでは、なかなか本当の解決にはならない。地区内の土地・建物の権利関係が錯綜しており、居住者層も階層分化していて、改良事業に対しては、反対・賛成に分れ、事業が紛争する場合が多い。また、この事業では非現住地主義の導入が困難なことなど、改良事業の基本的問題点を集中的に内包しているから、事業化における進捗率は極めて悪い。事業化の困難性がまた逆に、今日では最も改良の緊急度の高い未解放部落の環境改善を放置している口実になっている。
今日の未解放部落は、スラムの拡散化という一般的傾向とは反して、体制的な矛盾がより鋭く集中化してきていることを注意しなければならない。部落の土地には市場性がないといわれるが、地価の低さが逆に市場性を生み、地区周辺には低質住宅群が新たに形成されていっている。また居住者層についてみれば、いわゆる部落産業の存立基盤を大資本に奪われ、就業層は増々雑業化し、生活の窮乏化が進んでいる。これらの事態に対拠するためには、住宅改良事業と社会福祉事業との統一が一層要請されるのである。
Ⅳ)都市再開発手段型
上記三つの型と分け方が少し異なるが、改良の動機として、都市計画的観点からの総資本の圧力が直接的に働く場合の事業を指す。上記の型との違いを指摘すれば、「住宅改良」よりも、「地区整備」の方に狙いのある事業といえよう。道路の貫通とか、工場用地等の不法占拠の排除とか、あるいは、都市の玄関口の景観整備といつたことが、改良の主目的となる。従って、所期の目的が一応達成されれば、事業は中止される場合が多い。
このように、現在進められている不良住宅地区の改良は、地区の不良化の実態とは遊離したものであり、事業化の容易なものだけをとりあげるといった片寄った内容のものとなっている。
今後、現行法の枠内で事業が進められる限りは、Ⅰ型とⅣ型が主流になっていくであろうと考えられる。大都市内部には初期の木造公営住宅の老朽化した地区が、まだ多数存在しているが、それらを清掃し、高層立体化した住宅に建て替えることによって、土地利用高度化の要求に答え、また、土地取得の困難なため行き詰った公営住宅建設の戸数を嫁ぐといったことがⅠ型の内容となろう。またⅣ型は、住宅地区改良法の都市計画的側面のみ最大限に利用していくやり方である。Ⅲ型はⅣ型と合致するときにのみとりあげられるであろう。そしてまた、典型的な不良住宅地区だけが問題となり、木造アパート群とか、混合地域の土地利用混乱等による地区の荒廃化は放置されたままであろう。
現行法では、思い切った事業が行なえず、その効果も薄いことは、総資本の立場からも問題にされはじめている。従って現行法に手が加えられるとすれば、現在の「地区改良法」が、「地区清掃法」化することは充分予想されるところである。すなわち、改良の重点が居住者対策から、都市計画対策に移行し、非現住地主義の積極的導入によって、地区整備と改良住宅建設を遊離せしめ、資本制的な土地利用価値を増殖させるという「アメリカ型」のいわゆる「スラム・クリアランス」への接近するという傾向があらわれてきそうである。しかし、この種の改良方法は、居住者の要求に即しておらず、また、スラムの拡大再生産的な運用になることは明白である。
5.不良住宅地区改良の方向
不良住宅地区の改良は、歴史的には住宅政策の一環として位置ずけられてきたが、今日では、そういう筋の通し方に徹することはできなくなっている。またそれの単純なアンティテーゼとしての都市再開発<方策>化にも問題があるとすれば、その両者を政策的にどう綜合するかに新たな方向が見透されるだろう。既往の不良住宅地区改良は、本質的には対症療法であった。資本主義の都市社会に体質的にあらわれてくる「不良住宅」の現象だけを観て、これらを表層的に除去しようという方法であった。今日の都市社会の病状は極めて根深く、「不良住宅地区」に内包される住宅・都市問題、貧困問題の諸点に対策のメスが及ぶような、綜合的な原因療法を必要としているのである。ここで不良住宅地区改良に含まれるべきこれら諸対策の各面を検討しておかねばなるまい。
1)住宅政策的側面
国民の住居状態は、階層的に分極化していて、最上層と最下層の格差は拡大している。一方住宅政策は、持家政策化が進んでおり、政策の対象は上層に移行している。すなわち実態と政策のズレは大きくなっている。従って、今後の住宅対策は、住居状態の「階層性」を軸として樹て直すこと力泌要になってきているが、住宅改良政策が住宅の「不良性」のみに準拠することは、改良の対策がどの階層に対応するものかという位置ずけをあいまいにする。また住宅の不良化現象は、前節でもみたように、集団地区だけが問題となるのでない。不良住宅の拡散化に対応して、全ての不良住宅をどう改善するかを政策的に明らかにするためには、「住宅改良」の次元だけでとりあげても無意味になっている。現在完全に行詰っている公営住宅をはじめとする住宅供給政策全体が再検討され、特に低所得層に対する強力な住宅供給体制が出き上ることが、住宅改良を進展させる前提として、絶対に必要となってきているといえよう。
さらにこれまでの住宅改良では、不良住宅=不適格住宅として、住宅の置き換えだけが行われたのであり、居住者の住宅困窮の実態に基ずいた具体的な改善となっていない。従って、住宅供給が階層的に組み立てられる場合の拠り所は、居住者層の住宅改善要求の体系化になければならない。
2)都市再開発的側面
現行法では、事業化に先立ち、「地区指定」と「地区計画」を示さねばならぬことになっている。事業主体が地区指定を行うことは、観方を変えれば、長期的な困難な事業の遂行を公示することであるから、財政能力が一般に限られている地方公共団体は、地区改良の範囲をできるだけ縮少化してとりあげようとする傾向にある。そのことは、不良住宅地区の清掃を極めてあいまいなものにし、改良法の都市計画的側面は全く形式的なものに過ぎなくなっている。また「地区計画」は、情勢の変化に伴い、事業主体の利己的な判断でどんどん変っていく。現状では、地区整備を合理的に進め、それをチェックする体制は何もなく、不良住宅地区改良の都市再開発的側面は正しく運用されていない。
今後は、地区改良において、居住者の移住を積極的に進め、地区清掃によって多目的利用を計ろうとする方向に変ろうとしているが、それは資本にのみ有利にしか働かないようである。現在のように、都市再開発が散発的にしか行えない情勢にあっては、余計にそうである。都市の土地利用の合理化を本当に進めるためには、再開発の諸手法が体系化され、不良住宅改良が、一連の再開発方策の一環として位置づけられ、再開発のどの都分を受持つかということが明確にされねばならない。そのような再開発体系が確立していない場合の非現住地主義の導入は、資本にとって都合のよいスラムの移し替えにしかならないと思おれる。現住地主義に基ずく改良は、一般的には枯息な方法であるが、少なくとも現状においては「住宅改良」と「地区整備」を無関係に進めることを許さないパイプとなっていると評価できよう。
3)社会福祉政策との関連
不良住宅居住を本質的に規定しているのは、都市下層における生活の<貧困>である。住宅改良の内容は、それらの層の生活改善と無関係な住宅の慈恵的な供給である。貧困対策としては、同和事業や、生活保護等が無系統的に行われているが、それらが、不良住宅地区改良も含めて、「最低生活の保障」という形に綜合化されていくことが必要であろう。例えば改良住宅の家賃等は、貧困層には、社会福祉政策の中から、家賃補給の考え方をもっと明確にしていくべきであろう。また、改良住宅の管理は極めて悪く、そのことが現在では、スラムの再生産に連がる大きな要因になっているが、化宅管理体制は、社会福祉政策の中ではっきり位置ずけられねばならない。
以上のようにみるとき、今後の不良住宅改良は、全く新しい角度から、より広い視野から、綜合的体系的に検討されねばならなくなっているといえよう。このような一連の政策体系を創りあげることは容易ではない。どこにきっかけを求めるか極めて問題である。筆者は、今後の方向ずけにあたっては、次の観点が重視されねばならないと考える。
1)住宅・地区の不良化の諸現象を、連関的系統的に整理し、それに対応して、住宅-地区-都市の各次元で不良化改善対策を段階的に樹てること。
2)都市居住者層の住宅困窮と住宅改善要求を階層的に明らかにし、それに対応した住宅供給方策を明確にすること、特に改良住宅計画については、郊外住宅とは形態的に異なる<市街地住居>の諸型を系列的に追求すること。
3)都市の土地利用の合理化を、都市の全地域にわたって、<事業所-住居>の適正かつ系統的配置を行うことから方策化していくこと。
そしてこれらの三つの観点が、既存の地域形態を「改造する」という観点に綜合され、いわば「都市の手直し」のための一連の手法として具体化していかねばならない。単なる住宅改良や地区整備からのとらえ方を一歩進めた巾の広い<都市改造>の理論化が急務となっていると考える。