部落解放研究所「研究所通信」(95年9月号)より転載

はじめに

去る8月3日、大阪府同和地区総合福祉センターにおいて、部落解放研究所、大阪市同和教育研究協議会、釜ヶ崎キリスト教協友会、日本寄せ場学会、釜ヶ崎反失業連絡会、野宿者と釜ヶ崎労働者の人権を守る会等の団体と釜ヶ崎日雇労働者等、約180人が集まり「路上死のない21世紀をめざして一釜ヶ崎フォーラム」が開催された。以下、その要旨を報告する。

1年に300人以上の路上死への対策を

釜ヶ崎の日雇労働者の平均年齢は53.4歳。パプル経済の崩壊により求人教は激滅し、高齢者は排除され、野宿を余儀なくされる。その結果、路上死(行き倒れ)が年間300人以上出る状況である。「ストップ・ザ・路上死」を合い言薬に熟気ある集会が開催された。

昨年末の大阪市長選挙に際し、村越未男・部落解放研究所理事長らで「野宿者と釜ヶ崎労働者の人権を守る会(代表:西岡智)」が創られ、立候補者に「釜ヶ崎間題」ヘの施策について質間状を提出した。

現磯村市長側からは、@野宿や病弱など生活困窮者の増加や高齢化に対応する救護施設を整備する。A大阪府の労働対策と大阪市の民生福祉対策の境界を越えた対策一軽労働の創出、ショートケア事業の充実等を考える、との回答があった。

釜ヶ崎フォーラムはこの回答を具体的に実現させるため、現状認識と要求の共有化をはかり、提言への組織的結集を図るためのものであった。

3時間半の現状告発と要求施策を共有

先ずはじめに友永健三・部落解放研究所所長から「今年6月に第2回国連人間居住会議(ハビタットU)がトルコで開かれ、「居住の権利は人権である」との確認の下に宣言と行動計画が採択された。また今年は貧困根絶年でもあり、その意義の普及・宣伝・具体化のための運動を行っていきたい。また研究所では反差別部会を設けているが、「釜ヶ崎解放」のための研究・行動を引き続き行っていきたい」との連帯の挨拶がなされた。

続いて第1報告では、大阪市西成区人権啓発推進会の綿貫信和さんから「西成差別事件について」と題して講談社の別冊フレンド3月号の「勉強しまっせ」(みやうち沙矢作)の「西成」に編注をつけ「大阪の地名。気の弱い人は近づかないほうが無難なトコロ」とした記述を中学生が告発し、諸団体で糾弾会を行ったが、昨年の米予市民による身元調査差別事象にみられるように「西成」差別は部落差別と釜ヶ崎日雇労働者への二重の差別の複合したものである事を報告した。

また、市同教の原長生さんから部落出身の子ども達が、釜ヶ崎労働者への自らの偏見に気付き、意識変革の共同作業を行ったこと、さらに今宮中学の高橋秀伸さんからも野宿者への襲撃の事例等の補充報告がなされた。

第2報告では釜ヶ崎キリスト教協友会の小柳伸顕さんより「野宿者襲撃はなぜ起きるのか」というテーマで1983年の横浜・山下公園での殺害事件や1986年の大阪四天王寺境内でのエアガン事件等にふれ、子ども達が野宿を余儀なくさせられている人々を蔑視する背景にある過酷な行旅死亡の現実一天王寺区15人、浪速区20人、西成区58人一から就労保障、生活保護法の適用や子どもや住民への人権教育の必要性が訴えられた。

第3報告では西成労働福祉センタ一労組(全労連一般)の加美嘉史さんより「高齢者就労間題の現状と課題」として、現在行政の行っている高齢者による清掃事業には731人が登録しているが、仕事は1日10人、1人月2回、1回5,700円の収入では解決にならないとし、約3憶円で年間47,000人の就労を確保する計画を立案し組合として交渉していく方針を提起した。

第4報告では釜ヶ崎反失業連絡会の山田実さんより、暴力団をパックにした手配師の横行やそれを放置している行政の就労斡旋の怠慢は、釜ケ崎日雇労働者を治安対策の対象としてしか見ていないことに原因があることが事例をもって報告された。

第5報告では野宿者と釜ヶ崎労働者の人権を守る会の西岡智さん(部落解放研究所理事)から「高齢者就労事業と釜ヶ崎」として、部落解放総合計画の運動に学ぴ、人権の街づくりの為に地域の商店街の発展をも視野に入れて、温泉を湧出させ、南海電鉄跡地に2,000人の解放住宅を建設。産直による労農提携等を提起し、それを行う為の「高齢者事業財団」の結成を提示した。

釜ヶ崎を人権の街,解放の街に

最後に釜ヶ崎フォーラムのまとめとして、事務局の野口道彦・大阪市立大学教授より

大阪市、大阪府、国への要望として

@生活基盤の安定のため、高齢者の雇用を一人最低週3日就労のため1日300人の求人の確保を。その為の専業機関として高齢者事業団の設立の補助をせよ、

A単身労働者用低家賃勤労者住宅を地区内か隣接地に建設すること、

B施設収容第一主義を止め、居宅保護、民間アパート入居敷金を補助すること、

C人権啓発に「釜ヶ崎」を組み入れ府、市職員研修と教材作りを行うこと、D高齢労働者支援センターを作り、内職的共同作業や木工等技術養成を行うこと、

E府、市は国へ要望書を提出すること、等が確認された。

(黒田伊彦、部落解放矢田解放塾・部落解放研究所反差別部会幹事)


別冊フレンド問題について

磯村市長との対談

少女向けマンガ雑誌「別冊フレンド」3月号(講談社刊)の中で、西成区を偏見でもって説明した箇所が発見されました。

それは、主人公の少年のセリフ「兄貴おるけど高校中退して家出てからずっと*西成住んどるし・・・」に編注(*)をつけ、ページの欄外で西成区はあたかも怖いところ、危ないところであるかのように強調し、西成区を知らない読者に悪印象を植え付け、西成区への予断と偏見をあおる記述でした。

現在、区内の人推会やPTAが中心となって区民あげての取り組みとなっています。

しかしながら、他の区、府下、他府県の中に存在する西成区のイメージが予断と偏見となって現れていることを見るとき、この問題は西成区だけの問題ではなく、大阪市全体の問題として、磯村大阪市長と西成区人権啓発推進会の対談が8月2日にもたれました。

出席者 大阪市長 磯村隆文

西成区人権啓発推進会

会長 森本邦一

副会長 乾 繁夫

永田道正

永田 西成区人権啓発推進会の森本会長より挨拶をいたします。

森本 別冊フレンド間題は、「西成区だけの問題ではなく、大阪市全体の問題」と考えていまして、是非一度、市長にお会いして、市長のお考えなりを・・と思っていました。

何が、西成区への偏見を生み出しているのか

 本年の2月、少女向けマンガ雑誌「別冊フレンド3月号」に、わざわざ「西成」に*脚注を付け「大阪の地名。気の弱い人は近づかない方が無難なトコロ」と説明された箇所を区内の中学生が見つけ、人推会やPTAを中心に講談社に抗議しました。

講談社は4月号で、表現が難しく、中止に至る経過も不明の「お詫ぴと連載中止」を載せましたが、心配していた通りに「西成区の圧力で連載が中止にされた」といった2次的な問題も起こりました。

2度の話し合いを通じて講談社は非を認め、記者会見と改めての「お詫ぴと連載中止に至る経過」の掲載、加えて西成区の人権啓発の取り組みに積極的に参加していくこととなりました。

今回の問題で明らかになったのは、昨年の鳥取県米子市民による「西成区は色々な人種がおられ、心配・・」といった身元調査差別事象など、西成区に対する予断と偏見が全国的にあり、この意識は他区や他府県の方がもっており、その意味からも市全体の、また全国的な問題であるということです。

現在、大阪市ではオりンピック招致や国際都市への躍進など様々な取り組みもされていますが、西成区は同和問題やあいりん、また定住外国人などの人権問題も多く抱えています。

人権間題は心の問題だけでなく、住環境も含めた「まちづくり」と深く関わっており、この点、市長さんのお考えをお聞かせいただきたいと存じまずが…。

森本 西成区は人権に関する問題が山積しておりまして、区独自で解決することは困難な面もあります。

磯村 皆さんには、市政のために何かとお世話になり、ありがとうございます。別冊フレンド問題は、直接お聞きしたいと思っておりました。

西成区では昨年の区制70周年を機に、人推会のご尽力により「西成区民の人権宣言」が披露され、人権問題の取り組みが進められていると伺っております。本市でも、同和問題をはじめ女性や障害者、また在日外国人に対する差別や偏見をなくすため、幅広く人権意識の高揚に努めていますが、差別事象が跡を断たない残念な現状にあります。

3月の大阪市会でも表明しましたが、別冊フレンド問題は皆さんの「まちづくり」の取り組みに逆行し、西成区に対して誤ったイメージや偏見を抱かせ、抗議された区民の方々と同じ深い憤りを覚えずにはいられません。

先程もあったように、西成区のイメージが予断と偏見に基づいていることを見るとき、今回の問題の背景にある同和間題・あいりん問題・在日外国人問題について、西成区だけでなく市全体にかかる重大な問題と受け止めています。この解決に向けて、西成区の都市基盤の整備や住環境の改善にソフトとハードの両面から取り組みを進めていきたいと考えています。

話は変わりますが、西成区は私が育ったところですからよく知っているんです。しょっちゅう夜店がはやってましたし、庶民的なまちですよね。このようなイメージのPRをもっとしなけれぱと思っているのですがね。

 何であのような*脚注を付けたのか。講談社との話し合いにもありましたが、“暴動”など、西成区Iこ関して「ことさらに“西成”に事件性を持たす」かのようなマスコミ報道が植え付けた面も無きにしもあらずでして、区民にとって、ある種の人権侵害にあたるのではと思っているのです。

磯村 今、人権と報道の有り様が改めて問われています。報道の仕方によっては人権侵害をもたらす側面もあり、社会に与える影響も大きく、人権尊重の視点が何よりも優先されなけれぱならないと考えていまして、西成区Iこ対する正しい情報発信についてマスコミに働きかけたいと思っています。

永田 西成区のイメージですが、同和間題とともにあいりん問題も大きな要素なんです。あいりんには全国から労働者が 集まっています。常々思っているのですが、この問題は西成区だけではなく、大阪市・大阪府の問題でもあり、それ以上に国がもっともっとあいりん問題に関わるべきだと思うんです。そこでお願いしたいのは、国にあいりん対策を推し進める施策を市長からお願いしたいのです。

磯村 あいりん問題は、市だけの努カではなかなか解決できないこともあり、現在、府・市で設置しています「あいりん総合対策検討委員会」で検討していますが、国の協力を得ながら進めていくことも大切なことだと思っています。

世界の流れに沿った“西成区民の人権宣言”

 「西成区民の人権宣言」にも触れていただきましたが、区内の各種団体が集まり、様々な角度から約2年間をかけて議論し、コンセンサスが得られた内容と自負しているのですが。

磯村 区民を代表する諸団体が主体的・自主的に作られた宣言に敬意を表します。今、人権尊重は世界の流れでして、宣言の趣旨も人間尊重のまちづくりの実現ですね。皆さん方とともに積極的に取り組んでいきたいと考えています。

「西成」の名前の由緒は古く、上町台地の西側に国ができたから西成郡“にしなりのこおり”といわれ、奈良時代からの歴史があるんですね。子どもさんたちに「西成」の名前の歴史、また西成区がどのようにして発展してきたのかを知ってもらう、地域に誇りをもってもらうことも大切ですね。

 地域に誇りを持つ子どもたちに、そうだと思いますね。今回の問題を一番最初に見つけたのは中学生でしてね。

磯村 子どもたちの純真な心と人権感覚に感銘しました。同時に、西成区を愛する人たちに深い傷を負わせた講談社の責任ある対応が求められていると考えています。

それから、私らみたいに根っからの大阪人は、庶民的雰囲気が好きなんですね。西成区なんか人情がこまやかで大阪らしいまちやなと思っています。夏はダンジリとか布団太鼓など、古いええところも残っていて、まちが楽しい雰囲気で暮らしていた記憶があります。今から思えば、まずしい時代でしたが、夜店にいったり芝居小屋も沢山あって、そうそう関東煮きを買ってもらうのが楽しみだったりして・・・。

まちづくりは人権づくり

森本 市長さんは大阪のことや西成区のこと大変よくお知りですが、人権とまちづくりのお考えは・・・。

 西成区のまちづくりは、人権意識の高揚と一体なんだというのが私どもの考えなのですが。

磯村 大阪市の国際化やまちづくりにとって、市民一人ひとりの人権が尊重されることは大切な課題でして、市政の全力をあげて取り組む極めて重要な課題であると認識しています。

またこれからの大阪のまちづくりは、各区ごとの特徴をだしていかなあかんと思っています。歴史、歴史といっているのは、そういうこともありましてね。西成区はこういうまちだから、こういうことを中心にやっていくといったプランを作ってほしいと思っています。

西成区の一番いいところは、庶民的に暮らせる、物価が安い、またコミュニティがしっかりしていることですね。西成区はできるだけコミュニティ意識を前面に出したらいいと思っています。

そのためには、もちろんまちの改造や再開発を進めていきますが、同時に人の結ぴ付きとかコミュニティのソフト面を強めていくいろいろな工夫、西成区独自の、西成区やからできるといったこともお互い考えていきたいですね。

大阪市総合計画21の「人間主体のまち」「世界に貢献するまち」という、まちづくりの理念のもと、市民の皆さんとともに、差別のない人権が尊重される「国際人権都市・大阪」を目指したいと思います。

永田 時間もまいりました。これからも西成区のまちづくりに積極的なお力添えをお願いしまして、対談を終わらせていただきます。


西成区民の人権宣言

人間が人間らしく生きる西成のまちづくりをめざして

世界が日本が、大阪が新しく生まれ変わろうとしている今、私たちの暮らす西成も生まれ変わらねばなりません。

私たちの西成は、「庶民のまち」「商工業のまち」として発展してきました。西成には人情と活力が満ちています。この財産を21世紀に引き継ぎ、国際都市にふさわしい豊かさのあるいきいきとしたまちへと発展させたいと思います。

そのためには、私たちの西成をどのようなまちにするのかという将来像を区民一人ひとりの参加でつくりあげるとともに、その妨げとなっている問題をカをあわせて解決しなければなりません。

「同和問題の解決は国の責務であり、国民的課題である」とした内閣同和対策審議会答申から30年が過ぎた今日もなお、部落差別は厳然と存在しています。

部落差別に加え、西成にはあいりん問題、在日韓国・朝鮮人など定住外国人、障害者への差別など深刻な人権侵害を抱えています。これらは互いに重なりあって西成に対する差別と偏見を生み出し、西成の発展と区民の社会参加を妨げています。

ほんとうの意味での差別のないまちづくりとは、差別の長い歴史によってゆがめられた人間と人間との関係を豊かに築き直すことであり、互いの人権を尊重する社会をつくりあげることです。

部落差別をはじめあらゆる差別の撤廃なくしては、西成の発展と区民の人権確立はありえず、人権の確立なくしては誇り得る西成のまちづくりは実現しません。

そして、何よりも、西成こそが「人権尊重の発信地」でなければなりません。新しい時代をつくりあげる手がかりこそは「人権」であり、私たちがめざす21世紀の西成のまちはすべての人間が人間らしく生きるまちです。

私たち西成区民は西成区制70周年の本年、西成のまちから部落差別をはじめあらゆる差別を撤廃し、国際社会が到達した最善のものをこの地で具体化するため、区民の「対話」と「不断の努力」によって21世紀を担う私たちの子や孫に誇れる西成のまちづくりを実現することをここに宣言します。

1995(平成7)年11月16日 西成区人権啓発推進会